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「経済思想」期末レポート2011-1

フェアトレード論――次世代型フェアトレードについての考察――

経済学部経済学科 3 高橋 一貴

 


 

はじめに

少し前までは、日本でもフェアトレードという言葉をよく耳にしたが、最近ではあまり聞かなくなったように感じる。フェアトレード活動が下火になりつつある日本に対して、世界では現在もその活動範囲を広げている。特にイギリスではフェアトレードへの関心が高く、FLO(Fairtrade Labelling Organizations)が調査会社に委託したインターネットでの調査では、八割以上の人が知っているという調査結果もある。このようなフェアトレードの広がりは、過去60年間、フェアトレード団体が時代と共にさまざまなアプローチを試み、市場や消費者に訴え続けてきたことの成果でもある。

今日に至るまで、フェアトレードは市場での成熟度や、その時抱える問題によってアプローチの仕方を変えてきた。近年のアプローチでは、より実践的にシェア拡大をはかるため、フェアトレード団体は、多国籍企業や一般消費者までも巻き込んだ活動を展開している。さらに一部のフェアトレード団体は、政策提言としてアドボカシーにも取り組み始めている。当然ながら、アプローチの仕方を変えればまた別の問題が発生し、その問題を解決するために、さらに別のアプローチを試みる必要がある。今後もフェアトレードは変わり続けることが予想されるが、フェアトレードの経緯を踏まえ、かつ将来への展望のある方針を打ち立てて行わなければ、フェアトレード本来の理念を見失ってしまうだろう。

そこで本稿では、第1章でフェアトレードの歴史的な経緯をたどり、現在のフェアトレードがどのような段階にあるのかを分析する。第2章では、異なる視点からフェアトレードに対する批判を扱い、フェアトレードが抱える問題点を明らかにする。第3章で、今後どのようなアプローチを取るべきかについて、渡辺(2010)によるフェアトレードの4世代論と照らし合わせながら考察し、具体的な方策についてフェアトレードの普及が遅れている日本でのアプローチを考える。

 

第1章                        フェアトレードの現状と経緯

フェアトレードについて考察するにあたり、まずは本稿で扱うフェアトレードの共通定義と目的について明確にする。次に、現在のフェアトレードがどのような状況に置かれているのかを、フェアトレードがどのような経緯で現在に至ったかを踏まえて論述する。

 

1-a.    フェアトレードの定義

フェアトレードの定義は、曖昧で人や国によってさまざまな使われ方をしている。新自由主義者や先進国政府の定義だと、自由な経済活動を阻害する関税や非関税障壁のない「自由かつ公正」な貿易、つまり自由貿易そのものを指す[i]。これに対し、市場原理の万能性を否定する考えや途上国政府の見解は、「歴史的な不平等」によってスタートラインに差がある以上「同じ土俵にあげる」ために、「途上国にたいする特別待遇」を認める「公正かつ正義」の貿易のことである[ii]

本稿で扱う定義は、既述した二つのフェアトレードの定義とは別の、国際フェアトレード機関(WFTO: World Fair Trade Organization ※旧IFAT[iii])や国際フェアトレード・ラベル機構(FLO: Fairtrade Labeling Organization)、その他NGO主導のフェアトレードの定義である。その定義とは、「疎外された(主として)途上国の生産者や労働者が搾取されることなく、自立して人間らしい暮らしができるよう、彼らに正当/公正な対価を払う『オルターナティブな/もう一つの』貿易の実現を目指す」、「公正かつオルタナティブ」な貿易を指す[iv]

「公正かつオルタナティブ」な貿易という定義でもまだ内容に幅があるので、ここでは2001年にフェアトレード連合体が定めた、共通定義を引用する[v]

 

フェアトレードとは、より公正な国際貿易の実現を目指す、対話・透明性・敬意の精神に根差した貿易パートナーシップのことを言う。フェアトレードは、とりわけ南の疎外された生産者や労働者の人々の権利を保障し、彼らにより良い交易条件を提供することによって、持続的な発展に寄与するものである。

フェアトレード団体は、消費者の支持のもとに、生産者への支援、人々の意識の向上、そして従来からの国際貿易のルールや慣行を変革するキャンペーンを積極的に推し進める団体である。

 

1-b.    フェアトレードの目的と活動

次にフェアトレードの目的と、実際の活動について簡単に説明する。まず、フェアトレードの目的についてだが、これについては多くの団体が独自の目的、ポリシーを掲げており、その内容もさまざまである。ここでは現在のフェアトレード活動に共通している目的を長坂(2007)の言葉を借りて紹介する。彼は、著書の中で以下のようなフェアトレードの三つの目的を挙げている[vi]

 

1)     開発協力 … 開発途上国の農民や零細生産者や貧しい労働者に対して、生産と貿易への協力を通して自立への機会を提供する。

2)     貿易構造改革 … 構造問題への取り組みを目的とし、「オルタナティブ・トレード(新しいもう一つの形の貿易)」を求める。

3)     消費者運動 … 消費者の力を顕在化させる。

 

途上国の人々の自立支援という1)の目的を達成するために、フェアトレード活動を行う団体は、これまでにさまざまなアプローチを試みてきた。その中で、多くの団体が実行している共通のビジネスモデルについて十三項目に分けて紹介する。

 

@ 適正な価格での取り引き … 人間的な生活維持を保障するコストを考慮して設定された価格で取り引きする。

A 環境対応 … 環境に配慮した開発を目指す。

B 長期的・安定的契約 … 安定的な収入の保障と、将来的な自立のため長期取引関係(契約)を結ぶ。

C 前払い … 資材・原料等の仕入れの資金の前渡しを状況によって行う。

D 割増金(プレミアム)の支払いと使途 … プレミアムが生産者団体に支払われ、生産者団体の話し合いで使い道を決める。

E 中間業者の排除 … 搾取を行う中間業者を排除し、生産者と消費者を直結させる。

F 技術指導 … 技術指導によって品質の向上や、製品にその国の特色を出す。また、生産者が自立と誇りを獲得する手助けになる。 

G 組織化(協働組合/NGO … 生産者の相互信頼と団結、民主的運営、オーナーシップ、開放性を前提とする組織化を推進する。

H 民主的運営 … 生産者の組合の運営が民主的であり、透明性を確保していることを条件とする。

I 社会的側面(児童労働など)への対応 … ILO条約(国際労働基準)の遵守による社会的側面を配慮した生産との取り引きをすることが前提となる。

J 情報提供 … 生産者への情報の提供によって、市場への公正なアクセスにつなげていく。

K 多角化の追求 … 農業経営の統合を追求し、モノカルチャーを避ける。

L エンパワーメントの獲得と向上 … コミュニティ開発活動を通して、生産者自身と生産者を取り巻くコミュニティの人々のエンパワーメントを高める。

 

既存の貿易構造・システムの改革もフェアトレードの重要な目的の一つである。確かに戦後の日本や近年の中国の発展のように、経済発展は貿易を通して達成されているという歴史的事実は存在するが、現行の貿易システムでは国レベルでの格差を拡大させてしまう構造を伴っている。先進国が自国の工業製品を売るために途上国の市場を開放させるが、途上国の有利な農産物については、多額の補助金や関税、非関税障壁によって自国の農業を保護し、それどころか余った農産物を途上国に輸出しているという「不公正」な貿易が常態となっている。この現状に対しフェアトレードでは、フェアな取引へと変革させるため、取引価格に人間らしい生活のためのコストを入れて設定している。

最後の3)の目的こそフェアトレードが国際貿易におけるメインストリームとなる可能性を持たせる、最も重要な目的である。現在の国際貿易では、消費者は生産者の顔が見えず、消費者と生産者の間につながりが存在していない。このつながりを作り、消費者が消費者としての力や影響力を自覚し、消費する者から、「選択する者」に変わるということが、フェアトレードの原動力になる。実際、1980年代以降のフェアトレードでは、それまでの生産者との連携を最重視するフェアトレードから、認証型フェアトレードのように少しでも消費者に知ってもらい消費者の力によって活動を広めようという別のアプローチの仕方も見られるようになった。また、デイヴィッド・ランサム(2004)は著書『the NO-NONSENSE guide to FAIR TRADE(邦題:フェアトレードとは何か)』の中で、以下のように述べている。

 

「フェアトレードの最大の功績をひとつ挙げるとすれば、それはフェアトレードが、興味深く、ときに嘆かわしい毎日の人間のさまざまな細部をよりきちんと見つめるよう、またより批判的に向き合うよう、私たちに促す点にある[vii]

 

持続的なフェアトレード活動のために、生産者側には自立支援によって援助に依存せず、対等な関係の下で取引を行えるようにし、消費者側では消費者運動によって一過性の活動で終わることなく、フェアトレードが主流になることを目指している。その最初のステップとして、消費者の自覚は重要であると言える。

 

1-c.     フェアトレード発足と経緯

フェアトレードは、難民や貧しい生産者の人々を救おうという慈善活動として1940年代より始まった。可哀そうな生産者を何とかして救うため、品質が悪くても価格が高くても買ってあげるという活動だったので、持続性が無く、生産者の自立も促さない、チャリティの一環でしかなかった。

生産者の自立を目的にしたフェアトレードが展開されるようになったのは、1960年代になってからである。この時代では、生産者とは対等なパートナー関係を結び、販売網の構築や商品の品質改善、技術指導に生産多様化の支援などの活動を行う、生産者と連帯した活動により、中期的な開発と自立を目指したフェアトレードが始動した。この時代はちょうど1964年のUNCTAD(United Nations Conference on Trade and Development)が発足した年代にあたり、援助ではなく貿易による自助的な開発を重視するという時代背景がある。

1980年代後半にもなると、多くのフェアトレード団体が生まれていたが、反対にフェアトレード商品は売れなくなっていった。世界的な不況による消費の落ち込みも原因の一つではあったが、それ以上に「高くて品質の悪いフェアトレード商品」では消費者も次第に買わなくなったことが理由である。生産者の利益を優先し、消費者を蔑ろにしてしまうフェアトレードに限界が訪れたと言える。この頃より、フェアトレードは市場・消費者をより重視し、消費者と生産者とのバランスを取ったアプローチへの転換をはかるようになった。また、「一般市場で活動し、従来型の企業に近い環境の中でフェアトレードの原則を実践する」ことを目指す、ビジネス志向のフェアトレードも見られるようになった。ビジネスとしてフェアトレード商品を扱うためには、「フェア」であることの証明が必要になるため、フェアトレード・ラベルが誕生した。これが、従来の連帯型フェアトレードとは別のアプローチによってフェアトレードを広めようとする、認証型フェアトレードの始まりである。新たな貿易の仕組みを作るという「オルタナティブ・トレード」から、既存の仕組みをフェアな取り引きへと変えることを目指す「フェアトレード」へと呼び名も変わっていった。

 

1-d.    小括

これまでの自由貿易では、途上国と先進国の国際貿易において、市場の原理が正常に機能していないケースが出てきたため、フェアトレードの必要性が注目されるようになった。フェアトレードは最初期のチャリティ・トレードから、次第に依存せずに生産者が自立的に生産・取引を行うことを目的にするようになり、近年では企業や一般消費者までを巻き込むまでに広がり、政治的活動を行う団体まで現れるようになった。「フェア」な取引という理想の実現のため、従来の市場経済の仕組みの中で実効性・影響力を持たせようとする動きが見られる。理想だけのフェアトレードには限界があり、現実に向き合ったアプローチを取るようになったが、理想とする「フェア」な取引からは遠ざかってしまったとも言える。今後フェアトレードが国際経済の主流になるためには、その時々で理想と現実のバランスを変え、時流に合致したアプローチを取らなければならない。

 

第2章          フェアトレードへの批判

全世界で広がりを見せ、急成長を続けるフェアトレードだが、「フェア」であるという理想を、市場経済の仕組みのなかでの「取引」という現実的な手段によって実現しなければならないことから、多くの問題や矛盾が生じている。そんな矛盾を抱えるフェアトレードに対して、主に反グローバリズムの観点からの批判と新自由主義の観点からの批判という、二つの全く異なる立場からの批判が存在する。どちらか片方の批判だけでは、自由貿易または保護貿易と比較し、フェアトレードの矛盾点やデメリットを明らかにすることができるが、それだけでは自由貿易か保護貿易のどちらが優れているかの二極論に終わってしまうおそれがある。公正かつオルタナティブな貿易を目指すフェアトレードは、自由貿易・保護貿易のどちらにも属さず、どちらの観点から見ても矛盾を抱えていることは明白である。よって、オルタナティブなシステムを作り出し、改善するためには、さまざまな立場・観点からの批判を扱う必要がある。

この章では、現在のフェアトレードの弱点を見直し、その改善策を模索する足掛かりとして、反グローバリズムと新自由主義の観点からの批判を考察し、フェアトレードの問題点を多面的に分析する。

 

2-a.    ジャン=ピエール・ボリス氏の批判〜反グローバリズムの観点から

フェアトレードに対する、反グローバリズム陣営からの批判の代表格としてジャン=ピエール・ボリス氏の著書『Commerce Inequitable: Le roman noir des matieres premieres邦題:コーヒー、カカオ、コメ、綿花、コショウの暗黒物語――生産者を死に追いやるグローバル経済』から引用する。この本の中で、ボリス氏は主に認証型フェアトレード(著書の中ではヨーロッパ型フェアトレードと呼ばれている)に対して以下のような批判を述べている[viii]

 

1)        生産者と消費者の間で共通の理解が存在しない。

2)        フェアトレードの恩恵を受けているのは最貧層ではなく、力のある生産者たちである。

3)        中間業者に代わり、認定業者が現れた。

4)        フェアトレードに参加していない他の生産者の利益を侵害している。

5)        「理想主義と経験主義の混ぜ合わせ」でしかないフェアトレードは、オルタナティブにならない。

6)        問題の本質がぼやけてきてしまっている。

 

まず初めに、ボリス氏は「供給過多の状態では、フェアトレードは何の役に立たず、消費者がルールをどのようにでも決めることができる」と、生産者と消費者の力関係のアンバランスに問題があることを指摘している。「公正の概念についての定義が非常に曖昧であり、また、理論作業もまったく充分でないことから、フェアトレードの生産者側と買い手側には、その影響力や意義について共通の理解が存在していない」と述べているように、フェアトレードは、力関係のアンバランスという問題に向き合うことなく推し進めてしまっており、フェアトレードの中でも企業や消費者の力が強いという批判をしている。

このアンバランスに問題の本質があるということは、ボリス氏の著書の最後にも再度述べられている。「消費者と生産者の間では力が対等ではないために市場原理が正しく機能していない」と述べ、このアンバランスに目を向けない限り、「理想主義と経験主義の混ぜ合わせでしかないヨーロッパ型フェアトレードでは、政治的大問題の核心を浮かび上がらせることはできない」、「ヨーロッパ型フェアトレードでは新自由主義に対抗するオルタナティブにならない」と指摘している。そして、「かつて存在していた“国際協定”や“国内価格調整制度”の消滅が、大きな問題を生じさせている」、「一九八○年代初頭よりはじまった「規制緩和」は農民や国家を破産に追い込んだ」と、世界の政治経済政策によって、このようなアンバランスが生じてしまっているのであって、「政治的大問題」にこそ問題の本質があるという言葉にボリス氏の主張は集約されている。

以上が1)5)6)でボリス氏が主張する最も重要な批判であるが、この他にも彼は考察すべき批判を提示している。例えば2)の実際にフェアトレードに参加できる生産者は初めから余力があり、最貧層は参加することが難しいという批判はもっともである。フェアトレードは生産者が依存してしまう援助ではなく、持続的に続けられるように対等な関係での取引を目指している以上、ビジネスとして取引を行うための元手が必要になる。

3)の批判は認証型フェアトレードが最も批判される問題点であり、確かに「コヨーテ」と呼ばれる小規模生産者からコーヒー豆を搾取するような中間業者は減ったが、代わりに「認定業者」と呼ばれる業者が消費国側で中間搾取をしているので結局は変わっていないという批判である。ラベルの認証を行う団体は「認定業務」で生計を立てている以上、中間マージンを取らざるを得ない構造になってしまっているのは事実である。また、認証型フェアトレード団体は利害が絡んで、「公正な判断」を下せないという批判もある。

この他にフェアトレード推進キャンペーンが、他の生産者の生産物に悪いイメージを植え付け、消費量を減らしていると、イギリスのオックスファムを例に挙げて批判している。ボリス氏は、フェアトレードのコーヒーを推奨する反面、従来の流通経路で販売されているコーヒーに対するネガティブキャンペーンとして働いているため、コーヒーの消費量が減り、フェアトレードに参加していない生産者は、利益を侵害されていると4)の批判で指摘している。

 

2-b.    マーク・シドウェル氏の批判〜新自由主義の観点から

新自由主義の立場からの批判として、マーク・シドウェル氏が2008年に出した論文の「Unfair Trade」から引用する。新自由主義の観点からフェアトレードに対して批判される問題点は、主に次の三点である。

 

1)        支払われたプレミアムの内、10%しか生産者まで届いていない。(Just 10% of the premium paid for Fairtrade coffee reaches the producer.[ix])

2)        フェアトレードは品質の悪い生産物に報いるアンフェアなモデルである。(The Fairtrade model fails because it is profoundly unfair: it rewards inefficient farmers who produce poor quality goods.[x])

3)        最も貧しい人々を排除している。(Shutting out the poorest.[xi])

 

一番目の批判は、フェアトレード商品はプレミアム(割増料)を設定しておきながら、実際に生産者に渡るのは10%しかなく、中間マージンで消えていることに対する批判である。論文では、このように無駄が多いのならば、援助の方が効果的だと述べられている。この批判は、従来の流通経路の中間業者と同じく、商品にフェアトレード団体が活動を行う資金分も含めなければならないという避けられない現実や、先進国で流通させるには途上国での流通費用の何倍ものコストがかかってしまう、南北間でのコストの差という問題点を浮き彫りにしている。

次の2)の批判は、フェアトレードが商品の品質を重視しないので、生産者が品質改善の努力を怠るという内容である。他の(先進国の農民も含む)生産者は品質改善を怠れば、当然その商品の価格は低くなるが、フェアトレードでは最低買い取り価格が設定されている。実際に買い取られる量は別として、品質の低い商品はフェアトレードに充て、高品質の商品は、もっと高い買い取り価格を提示する仲買人に売ってしまうということが可能である。消費者が品質の悪い商品を買わないというのは当然の権利であり、フェアトレードが品質よりも生産者に人間らしい生活を保障することを優先する以上、ここに理想と現実のかい離が存在してしまっている。

最後の批判の中で、最も貧しい人々の具体的な例を幾つか挙げている。中でも小規模生産者を対象とするだけで、本当に貧しい農業労働者(生産者に雇われる農民)を救えていないという批判は、現在のフェアトレードには限界があるという現実的問題の核心を突いている。

 

2-c.     その他の認証型フェアトレードへの批判

フェアトレードに対する主な批判は上記の二つであるが、フェアトレードの問題点をより明確にするため、ここではその他の認証型フェアトレードへの批判として堀田氏の批判を取り扱う。

ボリス(2005)の邦訳版巻末で解説をするオルター・トレード・ジャパン代表の堀田氏は、認証型フェアトレードの認証基準について批判を述べている[xii]。認証基準に「マークを使う企業は、その製品の五一%以上がフェアトレード商品でなければならない」という一項を付け加えておくべきだったと述べているように、多国籍企業が取り扱っている商品の内のごく僅かな部分だけを、フェアトレード商品に置き換えただけでフェアトレード企業を名乗れるという問題がある。最低取扱量や率が定められていないために、フェアトレードマークが企業の「お手軽なCSRの手段」として利用されてしまっているという現実がある。

そもそも、フェアトレードマークを承認するために、公正・中立な第三者によるフェア認定が必要という仕組みが、逆に言えば規準さえ満たせば「誰でもがフェアになれる」というシステムでもある。このシステムが、多国籍企業に「フェアウォッシング(うわべだけフェアに見せる)」する隙を与えてしまっている。

 

2-d.    小括

急成長を遂げたフェアトレードだが、従来の流通経路に占める割合は依然低いままで、メインストリームとは程遠い「草の根」貿易に留まっている。連帯型では、少数の生産者との取引が中心で「拡大」することが難しく、認証型は企業との取引を行い、自身も認証業務によって生計を立てる必要があるため、「公正」な判断を下すことが難しいという問題を抱えている。

 

第3章          フェアトレードの今後と課題――第5世代のフェアトレード

最後に、フェアトレードが今後どのようなアプローチを模索していくべきかについて、渡辺(2010)の「フェアトレードの4世代」に倣い、次の第5世代のフェアトレードという構想を考えてみたい。

まず、これまでのフェアトレードについて、渡辺氏はフェアトレードの4世代として以下のようにまとめている。

 

表: フェアトレードの4世代

 

1世代

チャリティ

2世代

自立的な発展

3世代

公的な代替システム

4世代

新経済秩序

問題認識

現金収入を得る機会の欠如

自立的・持続的な発展機会の欠如

自由貿易の欠如

包括的・具体性のあるビジョンの欠如

目 的

貧困の緩和

生産者の自立

公的な公正・代替

システムの構築

パラダイム・シフト

(新経済秩序の構築)

FLOの役割

自主流通

生産者の能力強化

消費者の啓発、流通

システム作り・運営

企業・政府への普及

新パラダイムの構想

全関係者の啓発

対 象

南:生産者個人/グループ

北:熱心な支持者

南:生産者組合

  (パートナー)

北:倫理的な消費者

南:生産者組合

  労働者組織

北:一般消費者・企業

南北:政府・企業・

   市民

国際機関

アピールの重点

貧しい生産者

自立する生産者

自由貿易の弊害

公正で持続的な社会

課 題

依存、非持続性

依存、自己目的化

 

オプションどまり

不公正システム存続

経済・社会活動から

政治的活動への昇華

(渡辺龍也(2010)、『フェアトレード学――私たちが創る新経済秩序』、新評論、p.318より引用)

 

1世代は、1940年代から始まった最初期の「慈善活動としてのフェアトレード」を指す。第2世代が1960年代からの「連帯活動としてのフェアトレード」、第3世代が1980年代以降の「ビジネスとしてのフェアトレード」をモデルにしている。最後の第4世代はボリス氏が問題の本質としていた既存の国際貿易秩序の考えを支える「新自由主義」そのものを政治的な働きかけで変えようとする動きである。2001年にオックスファムがフェアトレードの実務からアボカシー活動に特化したことも、この第4世代のフェアトレードへの移行だと言える。

1世代から第4世代までを通して見ると、フェアトレード団体の活動の期間も短期から長期へと伸び、第4世代では永続的に関わっていくモデルとして構築されている。

それでは、フェアトレードの第5世代について各項目別に説明する。問題認識については、フェアトレードに関する研究結果の少なさ、学術的権威の弱さにあると考える。一見、フェアトレードの生産者も消費者も登場しない部分について注目しているので、見当違いな問題認識に思えるかもしれないが、過去に経済政策として実際に政策に取り込まれているのは、確かな研究実績に基づいた信頼性・学術性のある論文が基になっていることが多い。第4世代のフェアトレードが政治的活動への昇華を課題に残しているのは、フェアトレードに関する学術論文の少ないという現状に起因している。よって、目的はフェアトレードに関する研究機関の設立及び、研究者の育成であり、FLO(Fairtrade Labelling Organizations)の役割はその支援となる。対象は、政府・企業・市民や国際機関の他、大学やシンクタンク等の研究機関が含まれる。

 

表: フェアトレードの第5世代

 

5世代

問題認識

経済政策の指針に成り得る学術論文の不足

目 的

フェアトレードに関する研究機関の設立、研究者の育成

FLOの役割

研究機関の資金援助、全関係者の啓発

対 象

大学、シンクタンク等の研究機関

アピールの重点

フェアトレードに関する学術論文に基づいた経済政策の実施

課 題

実行性の有無、研究費用の確保

(渡辺(2010)のフェアトレード4世代を元に筆者作成)

 

5世代のフェアトレードでは、第11-2で取り上げた長坂(2008)のフェアトレードの3つの目的の内、2) 貿易構造改革と3) 消費者運動について重視している。これまでのフェアトレードは1) 開発協力に力を入れた活動が多く、実際にある程度の成果は出ていると言える。しかし、2)は近年になって一部の団体が政策提言活動を行うようになったばかりで、3)についても消費者への呼びかけは、主に認知度向上のための活動に留まっている。よって、今後フェアトレードは貿易構造改革に向け、具体的な経済政策構想の基になるような研究、論文の発表を行うべきである。フェアトレードを既存の経済システムの中で実行する案を論文にまとめることができれば、フェアトレードの認知度も向上するだろう。また、研究機関の一つである大学でフェアトレードが研究テーマの一つとして扱われるようになれば、学生主体の運動を広げられ、影響力のある消費者運動を展開することもできると考える。

具体的な案としては、@大学生協でフェアトレード商品を取り扱う、A学生主体のフェアトレード団体を作り、フェアトレードをテーマにした勉強会や講習会を開く、Bフェアトレードへの積極的な取り組みを行っている「フェアトレード大学[xiii]」の認知度向上・拡大、C途上国からの留学生受け入れなどが挙げられる。なぜ、大学を対象にするかというと、研究機関であるというだけでなく、将来研究者になり得る学生にアピールできるという点と、そもそも若い世代にフェアトレードへの関心が高いという調査結果があることが理由である。「チョコレボ」が2008年にインターネットで行った調査では、日本でのフェアトレードの認知度は1524歳の若い年齢層が高く、職種でも学生や公務員に認知度が高いという結果がある。若年層かつ学生に当てはまる大学は、他の環境に比べフェアトレードを広める下地が整っていると言える。実際に、大学生協にフェアトレード商品を取り扱い始めている大学は少しずつ増えている[xiv]。また、学生が主体となってフェアトレードの普及を目指すFTSN(Fair Trade Student Network)という団体も存在し、毎年9月にフェアトレード学生サミットを開催している[xv]

それでは、具体案について一つずつ考察する。@はフェアトレードを知るきっかけを作るための案である。チョコレボのフェアトレードに関する調査結果では「店頭で商品を見て」が大きな影響力を持つ[xvi]ことから、学生のフェアトレードへの認知度はさらに高まると予想される。Aの案は、フェアトレードへの認知度が高まれば、問題意識の高い学生によってFTSNのような学生主体のフェアトレード団体が生まれ、それらの団体による勉強会や講習会でさらに多くの人にフェアトレードに関心を持ってもらうことを意図している。勉強会、講習会を開くための事前準備は、そのままフェアトレードの研究にも繋がると考えられる。さらに、規模を拡大し、大学全体でフェアトレードへ取り組む「フェアトレード大学」へと発展すれば、一つのムーブメントとして大きな影響力を持つ。このような流れのなかでCの途上国から留学生の受け入れを行い、生産国と消費国で接点を作り、より実践的なフェアトレードの研究を行うようにする。フェアトレードを学ぶために海外から留学生が来る状態が最終目標である。

しかし、これらの具体案にも問題点は存在する。例えば、@の問題として大学生協に商品を扱ってもらうためには、売れる商品でなければ難しいし、Cの留学生というのは、他分野でも優秀な人材確保で競争が起きている。具体案以外でも考え得る問題点として以下の三点が挙げられる。

 

       大学以外の研究機関でフェアトレードの研究を行うにしても、1から研究機関を設立するのは、資金・人材の両面から考えても現実的ではない。

       資金力のないフェアトレード団体では、学術論文を書くにも、統計データの収集や実地調査のための費用は捻出することができない。

       そもそもフェアトレードの研究が価値ある研究として受け入れられるかどうかという問題を抱えている。

 

これらの問題点は第5世代のフェアトレードが実行性のあるアプローチになるために、フェアトレードの認知度向上、論文の充実と共に段階的に解決していかなければならない。

5世代のフェアトレードの主なアプローチは以上であるが、フェアトレードの中長期的なアプローチを考察する上では、これまでのアプローチも続けつつ改善しなければならない点もある。例えば、第3世代より盛んになった認証型フェアトレードは、まだ30年も経っておらず様々な問題を抱えている。中でも、企業を相手にし、自身の運営資金も中間マージンから充てなければならず、その構造上の問題によって、第三者による「公正な」判断が下せないのではないかとよく批判される。これは、普及してからまだ日の浅い認証機関の「独立性」が認められていないからだと言える。今後、認証型フェアトレードは信頼と実績によって「独立性」を高めていかなければならない。

前述の堀田氏の指摘にもあるように、企業がフェアトレード企業を名乗るためには、フェアトレード・ラベル商品の取り扱い最低量・率を定める必要もある。その他では、認証ラベルに取引量や最低価格に応じた階級を持たせ、どのくらい「フェア」であるかの判断基準にするといった案が考えられる。このラベルであれば、消費者はより明確に「フェア」な商品の判断ができ、企業もCSRの一環として行ったフェアトレード活動をより公正に評価される。フェアトレード団体として認められるかどうかは、IFATの「フェアトレードの10原則」[xvii]で判断されるが、実際には努力目標でしかない。将来的には禁則事項や詳細な定量基準を設ける必要があるだろうが、あまりに厳しい規準を設けてしまっては最初のハードルが高過ぎ、企業もコストの割に見返りが少ないので参入を見送るだろう。故に、フェアトレード団体への参入を容易にし、なおかつ認証ラベルが「フェア」であることの証明になるためにも、認証ラベルをランク分けし企業にどの程度「フェア」な取引を行い消費者にアピールするかという選択肢を与えてみてはどうだろうか。

 

まとめ

フェアトレードが「適正な価格での商品取引」という理想を、「フェアトレード団体の運営費用」や「生産者と消費者の力のバランス」、「南北間のコストの差」、「既存の経済システムへの対抗」といった課題を現実的な手段で対処しつつ実行するのは非常に難しい。フェアトレードは「理想主義と経験主義の混ぜ合わせでしかない[xviii]」という批判もあるが、フェアトレード運動を広げるためには、そのどちらも必要である。大切なのは、理想主義と経験主義のバランスであり、理想だけの活動をしていたフェアトレード運動は、アドボカシー活動や企業・一般消費者を巻き込む認証型フェアトレードの誕生など、経験主義的なアプローチにシフトしてきている。その時代ごとに、バランスの取り方は変える必要があるだろう。現在のフェアトレードは既存の国際貿易システムに対抗し、貿易構造改革を図る段階までに成長した。よって、今後フェアトレードが取るべきアプローチは国際的なフェアトレード実現を目指す経済政策の実施であり、その経済政策の基盤となる研究・論文の発表だと考える。次世代型のフェアトレードはこれまでの経済政策がそうであったように、充分な研究成果によって経済政策に取り入れられ、国際貿易システムのメインストリームとなることを目指すものである。

 

参考文献・資料

1)  小鳥居伸介(2010)「フェアトレード試論:開発援助との比較の観点から」『長崎外大論叢』第14 pp.33-50

2)  ジャン=ピエール・ボリス(2005) ” Commerce Inequitable: Le roman noir des matieres premieres” 『邦題:コーヒー、カカオ、コメ、綿花、コショウの暗黒物語――生産者を死に追いやるグローバル経済』林昌宏訳 作品社

3)  ジョセフ・スティグリッツ、アンドリュー・チャールトン(2007) ” Fair trade for all : how trade can promote development ” 『邦題:フェアトレード――格差を生まない経済システム』高遠裕子訳 日本経済新聞出版社

4)  チョコレボ実行委員会(2007)『フェアトレード・マーケットリサーチ』 チョコレボ実行委員会

5)  チョコレボ実行委員会(2009)『フェアトレード認知・市場ポテンシャル調査報告書』 チョコレボ実行委員会

6)  デイヴィッド・ランサム(2004) ” the NO-NONSENSE guide to FAIR TRADE”『フェアトレードとは何か』市橋秀夫訳 青土社

7)  長坂寿久(2008)『日本のフェアトレード――世界を変える希望の貿易』 明石書房

8)  ニコ・ローツェン、フランツ・ヴァン・デル・ホフ(2007)『フェアトレードの冒険――草の根グローバリズムが世界を変える』永田千奈訳 日経BP

9)  フェアトレード・ラベル・ジャパン(2010)「フェアトレード認証の仕組み」〈http://www.fairtrade-jp.org/license/mechanism/

10)  渡辺龍也(2007)「フェアトレードの形成と展開――国際貿易システムへの挑戦」『現代法学:東京経済大学現代法学会誌』第14 pp.3-72

11)  ――――(2009)「フェアトレードの拡大と深化――経済・社会・政治領域からの考察」『現代法学:東京経済大学現代法学会誌』第17 pp.89-124

12)  渡辺龍也(2010)『フェアトレード学――私たちが創る新経済秩序』 新評論

13)  渡耒絢(2009)「フェアトレード : 90年代以降から見る現在の動向 (1)」『Yokohama journal of social sciences 14』第3 pp.151-176

14)  ――――(2010)「フェアトレード : 90年代以降から見る現在の動向(2・完)」『Yokohama journal of social sciences 14』第5 pp.133-155

15)  FLO(2011)Annual Review 2010-2011」〈http://www.fairtrade.net/fileadmin/user_upload/content/2009/about_us/documents/FLO_Annual-Review_2010-2011_complete_lowres_single.pdf

16)  Sidwell,M.(2008) ”Unfair Trade” London, Adam Smith Institute

 

 

 

参考URL

1)  フェアトレード学生ネットワーク(FTSN:Fair Trade Student Network)

http://www.ftsnjapan.org/

2)  フェアトレード・ラベル・ジャパン

http://www.fairtrade-jp.org/

3)  EFTAEuropean Fair Trade Association

http://www.eftafairtrade.org/

4)  FTFFair Trade Federation

http://www.fairtradefederation.com/

5)  FLOFairtrade Labeling Organization International

http://www.fairtrade.net/

6)  WFTO:World Fair Trade Organization

http://www.wfto.com/

 

 

 

 

 



[i] 渡辺龍也(2007)、「フェアトレードの形成と展開―国際貿易システムへの挑戦」、『現代法学:東京経済大学現代法学会誌』第14号、p.4。

[ii]       同上。

[iii] 旧IFATホームページ〈http://www.ifat.org/〉はWFTOホームページ〈http://www.wfto.com/〉に移行し、現在は存在が確認できなかった。(検索日:2011/7/17)

[iv] 渡辺龍也(2007)、「フェアトレードの形成と展開―国際貿易システムへの挑戦」、『現代法学:東京経済大学現代法学会誌』第14号、p.4。

[v] 渡辺龍也(2010)、p.5。

[vi] 長坂寿久(2008)、『日本のフェアトレード―世界を変える希望の貿易』、明石書房、pp.21-39。

[vii] デイヴィッド・ランサム(2004)、” The No-Nonsense Guide to Fair Trade”『邦題:フェアトレードとは何か』、市橋秀夫訳、青土社、p.33。

[viii] ジャン=ピエール・ボリス(2005)、”Commerce Inequitable: Le roman noir des matieres premieres”、『邦題:コーヒー、カカオ、コメ、綿花、コショウの暗黒物語―生産者を死に追いやるグローバル経済』、林昌宏訳、作品社、pp.180-189。

[ix] Sidwell,M.(2008),”Unfair Trade”, London, Adam Smith Institute,p.11.

[x] 同上、pp.13-15。

[xi] 同上、pp.15-17。

[xii] 同上、p.196。

[xiii] 2003年にオックスフォード・ブルックス大学から始まり、世界に70以上存在するが、日本ではフェアトレード大学認定された大学は存在しない。

[xiv] 関東圏では、慶応大学、一橋大学、早稲田大学、千葉大学、東京外国語大学等の大学生協で取り扱っており、北海道でも北星学園大学が2007年より取り組み始めている。

[xv] フェアトレード学生ネットワークHP アクションプランより。〈http://ftsnjapan.org/Actionplan.html〉

前回の第8回サミットの参加団体は約12大学と小規模ではあるが、今後の発展が期待される。

[xvi] チョコレボ実行委員会(2009)『フェアトレード認知・市場ポテンシャル調査報告書』より、フェアトレードの情報元として「店頭」が第4位(第1位のTVから第4位まではほぼ同率)という調査結果がある。

[xvii] IFATの「フェアトレード10原則」については、現WFTOホームページ参照。〈http://www.wfto.com/index.php?option=com_content&task=view&id=1506&Itemid=293〉

[xviii] ジャン=ピエール・ボリス(2005)、p.188。